退職を伝えたあと、その場で受け入れられるとは限りません。「後任が決まるまで待ってほしい」「損害賠償を請求する」と言われて、辞められないのではないかと不安になる人もいます。

法律上どうなっているのかを押さえたうえで、パターン別の考え方と、話が進まない場合の手順を見ていきます。伝え方そのものは退職の伝え方・切り出し方にまとめています。

引き止めは違法か

引き止めること自体がただちに違法になるわけではありません。会社が事情を説明したり、条件を提示して残るよう説得したりすること自体は、通常の話し合いの範囲です。

一方で、退職するかどうかを決めるのは本人です。期間の定めのない雇用契約であれば、民法第627条第1項により、解約の申入れから2週間が経過することで雇用契約は終了します。会社の承諾は終了の要件になっていません。

つまり、会社が「認めない」と言っても、退職の意思表示が会社に到達していれば、それによって効力は生じているという整理になります。意思表示は相手方に到達した時からその効力を生じます(民法第97条第1項)。

よくある引き止めのパターンと対応

言われる内容はある程度決まっています。それぞれ考え方を整理します。

後任が決まるまで待ってほしい

もっとも多いパターンです。後任の採用は会社の責任で行うことであり、本人が無期限に待つ義務があるわけではありません。

とはいえ、正面から断ると関係が悪くなります。引き継ぎの範囲と完了までの見通しを文書にして示し、「この日程で引き継ぎは完了できます」と具体的に返すほうが、話が前に進みやすくなります。

損害賠償を請求する

労働基準法第16条は、労働契約の不履行について違約金を定めたり、損害賠償額をあらかじめ決めておいたりする契約を禁止しています。「途中で辞めたら◯◯万円」といった取り決めは、この規定に触れる可能性があります。

実際に生じた損害についての賠償請求まで一律に禁じられているわけではありませんが、通常の手順を踏んだ退職について高額の請求が認められる例は、一般的ではありません。

退職届を受け取らない

書面を突き返される、受け取ったが預かっただけだと言われる、といったケースです。この場合の手順は後述します。

給与を上げるので残ってほしい

条件を提示される、いわゆるカウンターオファーです。その場で返事をする必要はありません。「一度持ち帰らせてください」で問題ありません。

繁忙期だから困る

時期の調整には応じる余地がありますが、無期限ではありません。就業規則の退職申出時期を確認したうえで、いつまでなら調整できるかを先に示すと、話がまとまりやすくなります。

引き止めに応じるべきか判断する視点

条件を出されて迷う場合、判断を分ける材料は次のあたりです。

  • 辞めたい理由が、その条件で解消されるか:給与への不満に対する昇給の提示であれば解消され得ますが、業務内容や人間関係が理由であれば、金額では変わりません。
  • 提示された条件が、いつ、どう実行されるか:時期や金額が具体的に示されているか、口頭だけの話になっていないか。
  • 同じ状況が繰り返されないか:以前にも同じ約束がなされたことはないか。

残る判断をすること自体は、後ろ向きな選択ではありません。ただし、条件が実行されなかった場合に再び同じ話を切り出すのは、一度目より難しくなるという点は考慮しておいたほうがよいでしょう。

退職届を受け取ってもらえない場合の手順

順を追って試すのが基本です。

  1. 直属の上司に手渡しする
  2. 難しければ、人事部門に提出する
  3. それでも受け取られない場合、会社宛に内容証明郵便で送付する

内容証明郵便は、いつ、誰が、誰に、どのような内容の文書を送ったかを郵便局が証明する制度です。配達証明をつければ、相手に届いた日付も記録されます。退職の意思表示は到達した時に効力を生じるため(民法第97条第1項)、到達を証明できる形にしておくことに意味があります。

宛先は会社(代表者宛)とするのが一般的です。書面の作り方は退職届の書き方にまとめています。

会社が退職を認めない場合の相談先

社内で解決しない場合、外部の窓口があります。いずれも、まず話を聞いてもらうところから始められます。

  • 総合労働相談コーナー:都道府県労働局や労働基準監督署内に設置されている窓口です。労働問題全般について無料で相談でき、必要に応じて他の機関を案内してもらえます。最初の相談先として使いやすい窓口です。
  • 労働基準監督署:賃金の未払いや違法な時間外労働など、労働基準法違反にあたる事案を扱います。
  • 弁護士:損害賠償を持ち出されている、退職を認めないまま長期化しているなど、法的な対応が必要な場合の相談先です。費用が心配な場合は、法テラスの相談制度を利用する方法があります。

相談の際は、就業規則の該当部分、退職を申し出た日付が分かるもの、やり取りの記録があると話が早く進みます。

退職代行という選択肢

自分で伝えるのが難しい場合の手段として、退職の意思を本人に代わって会社へ伝えるサービスがあります。運営主体によってできることが異なる点が、選ぶ際の分かれ目です。

  • 民間の事業者:退職の意思を伝えることが中心です。会社との交渉にあたる行為は、弁護士法との関係で問題になり得るとされています。
  • 労働組合:団体交渉という形で、退職日や有給の取得について会社と話し合うことができるとされています。
  • 弁護士:交渉に加えて、未払い賃金の請求や損害賠償への対応など、法律事務全般を扱えます。

よくある質問

「懲戒解雇にする」と言われました

退職の申し出を理由に懲戒解雇とすることは、通常は想定されていません。懲戒処分は就業規則に定められた事由に該当する場合に行われるものです。そうした発言があった場合は、内容と日付を記録したうえで、相談先に相談してください。

有給を使わせてもらえません

年次有給休暇は法律上の権利です。使用者には、請求された時季に与えることが事業の正常な運営を妨げる場合に他の時季に変更できる時季変更権がありますが(労働基準法第39条第5項)、退職日より後に振り替えることはできないため、退職時の消化については行使の余地がないというのが一般的な理解です。

退職日を一方的に延ばされました

退職日は本来、話し合いで決めるものです。合意ができない場合でも、期間の定めのない雇用であれば、申入れから2週間の経過により契約は終了します(民法第627条第1項)。いつ申し入れたかを示せる記録を残しておくことが重要になります。


本記事は一般的な情報提供であり、法律相談ではありません。個別の事情については、勤務先の就業規則を確認のうえ、都道府県労働局の総合労働相談コーナー、または弁護士等の専門家にご相談ください。