辞めると決めたあと、多くの人がつまずくのが「上司にどう切り出すか」です。伝え方に法律上の決まりはほとんどありませんが、順番とタイミングを外すと、本来なくてよかったやり取りが増えます。準備から例文までを順に整理します。
退職を伝える前に確認する3つのこと
先に確認しておくと、面談の場で話が具体的になります。
就業規則の退職申出時期
「退職しようとする者は、少なくとも1か月前までに申し出ること」といった規定が置かれていることが多くあります。社内イントラや総務で確認できます。何日前までと書かれているかが分かれば、希望日から逆算して切り出す時期を決められます。
有給休暇の残日数
給与明細や勤怠システムで確認できます。残日数はそのまま最終出社日と退職日の差になり、20日残っていれば最終出社日のおよそ1か月後が退職日です。
引き継ぎに必要な期間
担当業務を書き出し、何週間かかるかを見積もっておきます。「引き継ぎが終わらない」は退職日を延ばす理由として最も使われるもので、自分の見積もりがあれば話が日程の相談に移りやすくなります。
いつ伝えるか
時期には法律上のルールと会社ごとのルールの2つがあります。
法律上は退職の2週間前
期間の定めのない雇用契約であれば、民法第627条第1項により、解約の申入れから2週間が経過することで雇用契約は終了します。同項は「いつでも解約の申入れをすることができる」と定めており、会社の承諾は終了の要件になっていません。
月給制について、以前は民法第627条第2項を根拠に「月の前半までに申し出て翌月末」と説明されることがありました。2020年4月施行の改正民法で同項は使用者からの解約の申入れについての規定と整理されたため、労働者から辞める場合は2週間で足りる、というのが現在の一般的な理解です。
就業規則で1〜3か月前としている会社が多い理由
引き継ぎと後任の確保に時間がかかるためで、法律上の2週間より長い期間を定めているのが通常です。この定めの効力については、就業規則によって民法上の2週間を一方的に延ばすことはできない、という考え方が一般的です。
実務上のおすすめは1〜2か月前
就業規則が1か月前としている会社が多く、有給消化と引き継ぎの両立にも余裕が要ることから、1〜2か月前が調整しやすい時期です。
繁忙期を避けるべきかどうか
避けられるなら避けたほうが揉めにくいのは確かです。ただし繁忙期が実質的に通年という職場もあり、待っていると切り出せないまま時間が過ぎます。
判断の基準は「あと何か月待てるか」です。入社日が決まっている、体調に不安があるなら繁忙期でも伝えてよいという考え方があり、急ぐ事情がなく1〜2か月ずらせば山を越えるのであれば、ずらすほうが引き継ぎの話は進みやすくなります。
誰に伝えるか
順番を間違えると、内容が正しくても関係がこじれます。
まず直属の上司に伝える
人事部や役員に先に伝えると、上司が「自分だけ聞いていない」状態になり、話がこじれることがあります。退職日の調整や引き継ぎの割り振りも上司の権限であることが多く、人事は手続きの窓口という位置づけです。
同僚に先に話すリスク
親しい同僚であっても、上司より先に伝えるのは避けたほうが無難です。噂として広まり、上司が最後に知る形になりやすいためです。共有は、上司と退職日が固まってからで十分間に合います。
どう伝えるか(例文)
伝える場面は「アポを取る」「面談で伝える」の2段階に分かれます。
切り出しの一言(アポの取り方)
この時点で用件の中身は言いません。立ち話にならないよう、二人になれる場所と時間の確保だけを目的にします。
面談での伝え方
結論を先に言い、希望日と引き継ぎの見通しを添える構成が伝わりやすくなります。
伝えるときの3原則
言い方の細部より、次の3点のほうが結果に影響します。
- 決定事項として伝える:「辞めようか迷っている」は相談であり、引き止めの余地を残します。
- 相談の形にしない:相談するのは退職日と引き継ぎの進め方であって、辞めるかどうかではありません。
- 退職理由は簡潔に:詳しく話すほど、その理由への反論という形で話が長くなります。
言わない方がいいこと
次の3つは、伝えても状況がよくなりにくく、話を長引かせる原因になりがちです。
- 会社への批判や待遇への不満:改善提案と受け取られ、昇給や異動の提示による引き止めにつながります。
- 他人の名前:退職の話がハラスメントの事実確認に切り替わり、退職日が後ろにずれることがあります。
- 次の会社の詳細:比較の話になりやすく、取引先や同業だった場合には別の問題に発展することもあります。「次は決まっています」程度で足ります。
退職理由はどう言うか
退職理由は、伝え方によって引き止めの強さが変わる部分です。
本音と建前の使い分け
退職理由をすべて正直に話す義務はありません。建前を使うのは不誠実というより、必要のない交渉を増やさないための実務的な選択という考え方があります。
「一身上の都合」で足りる場面
退職届に記載する理由は「一身上の都合により」で足ります。口頭の面談でも、上司が納得すればそれ以上の説明を求められないのが通常です。
使いやすい理由の例
会社側の提案では解消できない事情が、説明しやすい理由になります。
- 家庭の事情(介護、配偶者の転勤、育児など)
- キャリアの方向性(別の分野に挑戦したい、専門を変えたい)
- 体調(無理のない範囲で。詳細な病名まで伝える必要はありません)
引き止められにくい理由の共通点
共通しているのは、会社が条件を出しても解決できない理由であることです。給与や部署への不満は昇給や異動の提示で解決できてしまうため、交渉が始まります。家庭の事情や職種の転換なら、会社側に打てる手は少なくなります。
伝えた後の流れ
口頭で伝えたあとは、書面と日程の話に移ります。
退職届の提出
上司に退職の意思を伝えたら、社内手続きに沿って書面を提出します。書式や提出先は会社の指定に従います。法律上、意思表示は相手方に到達した時からその効力を生じます(民法第97条第1項)。口頭でも成立はしますが、後から「言った・言わない」の争いにならないよう、記録の残る形にしておくと確実です。
退職日の調整と引き継ぎ
希望日を通すか、引き継ぎの都合で前後させるかを相談します。引き継ぎの範囲と完了の目安を早めに文書化しておくと、「まだ終わっていない」という理由で退職日が動きにくくなります。
有給消化
使用者には、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合に、他の時季に変更できる時季変更権があります(労働基準法第39条第5項)。ただし、退職日より後の日に振り替えることはできないため、退職時の有給消化については時季変更権を行使する余地がない、というのが一般的な理解です。
よくある質問
メールやLINEで伝えてもいいか
法律上、退職の意思表示の方法は決められておらず、到達すれば効力が生じます(民法第97条第1項)。ただし実務上は、面談で伝えたうえで書面やメールで記録を残す形が一般的です。ハラスメント等で対面が難しい場合は、記録の残る方法で伝えるという選択肢もあります。
退職を認めてもらえない場合
期間の定めのない雇用であれば、会社の承諾がなくても申入れから2週間の経過によって契約は終了します(民法第627条第1項)。「認めない」と言われても、意思表示が会社に到達していれば効力自体は生じています。受け取りを拒まれる場合には、到達を証明できる内容証明郵便を使う方法があります。
損害賠償を持ち出されることもありますが、労働基準法第16条は、労働契約の不履行について違約金を定めたり賠償額をあらかじめ決めたりする契約を禁止しています。実際に生じた損害の賠償請求まで禁じられているわけではありませんが、退職したこと自体を理由に高額の請求が認められる例は一般的ではありません。
退職日を勝手に変えられた場合
退職日は本来、話し合いで決めるものです。一方的に後ろへずらされた場合でも、期間の定めのない雇用であれば、申入れから2週間の経過により契約は終了します(民法第627条第1項)。争いになったときに効くのは、いつ申し入れたかの記録です。退職届の控えや送信済みメールなど、日付の分かるものを残しておきます。
本記事は一般的な情報提供であり、法律相談ではありません。個別の事情については、勤務先の就業規則を確認のうえ、都道府県労働局の総合労働相談コーナー、または弁護士等の専門家にご相談ください。